「今日にだって、さよならするかもしれないよね」
「…どうしたんだ、急に」

窘めるような口調で、赤司くんが私の顔をのぞき込んだ。多分今は不細工に歪んでいるはずだ、泣き出しそうな、歪んだ顔。彼に嫌われるかもしれないと思ったけど笑うことは出来なかった。

「明日にも別れるかも、しれないよね」
「つまり死ぬかどうかの心配でもしているのか?」
「うん」

正直に言うと赤司くんは目を細めた。秋になって冷えた気温が体を震わせる。放課後だから周囲こそ暖色に見えるけれど気温は昼間より下がっているし、閑散とした体育館が暖かい訳もない。座りこんだままの床だけが温くなっていた。
弱気になっているのは、きっと、肌寒さに体温を奪われているから。
こんなくだらない思いの吐露はバスケの練習に取り組む赤司くんにとっては邪魔でしかないだろう。邪魔になるのは嫌だ。それなら、帰ってしまいたい。恐らく私がいないからといって彼が困ることなど何もないのだ。
赤司くんがまたゴールの方を向いたので、その間に散らしたペンとノートを鞄に詰め込んだ。


「なに」
「少し待っていろ」

1本だけシュートを決めて、バスケットからまっすぐ落ちて転がったボールに目もくれず赤司くんは体育館を出て行った。ごめん帰るねと言って私が消えれば済むはずだった思いつきの計画はあっさりと崩れる。待てと言われたら待つしかない。





15分くらい待っただろうか、蹲っていた私の前に影が差した。顔を上げると制服姿の赤司くんが荷物を下げて立っていた。

「待たせてすまなかったね、
「大丈夫だよ。」
「そうか。ほら」

出された手を握る。あたたかい、繊細なのにしっかりとした手。私の手が冷たかったのか、赤司くんは少しだけ眉を顰めた。風の抜ける体育館にずっといたらそれは冷えて当然だ。感覚もなくなり始めていて実はあたたかさを理解するのがやっとだった。だから

「…ちょっと、待って」
「何だ?」
「立てないの」
「そんなに冷えたのか」

赤司くんは驚いた顔で私を見て、それから荷物を置いた。繋いだ手が離されて、けれど距離は縮まる。しっかりとした腕が脇腹に滑り込んで、私の体を引き上げた。よろけてまともに立たない足を、勝手に赤司くんを支えにしてまっすぐさせた。
きちんと立てたところで、赤司くんは離さなかった。手の位置が変わって頭と背中が押さえられる。少ししてから今の状況が分かった。私は、抱き締められている。

「あの、」
「まさかそんなことを考えていたとはね。」
「赤司くん」
「いいかい、考えたって無駄なことはあるんだよ」
「うん」
「死ぬ時は死んでしまう。もちろん、考えれば回避できることもあるだろうけれど」

噛んで含めるような口ぶり。落ち着いたその声が安心させてくれる。

「そればかりはどうせ避けられないんだ。気にしても仕方がない」
「そうだけど」
「君は哲学するより先にやる事があるだろう?」

他の何より今は、バスケの事が。

練習していたとはいえそう激しい動きがあった訳でもない。だけど、赤司くんはとてもあたたかくて、私はそれだけで何となく嬉しくなる。
彼の口は続く言葉を紡ぎだした。

「大体そんな簡単に死なないよ。何があってもしぶとく生き残れる奴は生きているだろう」
「御説ごもっとも」
「まあ、万が一に簡単に死なれては困るからね」

抱き締められているその腕に、一層力が入れられた。埋まった顔を赤司くんの肩口に出すと、耳元で低い声が囁いた。
なんと優しくて、なんと自分勝手な話だろう。これが私の大切な人、これが私の恋焦がれている人。私にとって赤司 征十郎とはただストイックなだけではなくて、どこかで周りに縋る様な一面を持って愚かさや脆ささえも包んでくれるのだ。

「僕が守るよ、。僕のいない所で死に急ぐなら許さない」


夕暮れに注ぐ