食堂から部屋に戻る前に、誰かいないかと思って談話室に行くことにした。たまには寄り道もいいかもしれない。
今日もジェリーさんの料理はおいしかった。そんなことを考えながら談話室を覗き込むと、誰もいないようだった。少しつまらない、ちょっと待ったら誰か来るだろうか。何故かここは暖まっていたのでくつろぐにはちょうどよかった。
室内をもう一度見てやはり人がいないのを見てから、ソファに目をやった。


「…あ」


暖かい訳だ。人はいた。蹲るような格好でソファを使っている。
そっと顔を近付けてみると、静かに寝息を立てていた。なんで1人談話室で寝ているんだろうか。


?」


軽くとんとん肩を叩いても反応はなかった。すっかり眠ってしまっているようだった。どうしよう、女の子をこのまま放っておく訳にもいかない。僕が困りだしたことも知らないで、もちろん困るのは僕の勝手だけれどは変わらず眠り続けていた。
団服を持っていればよかったけれど、さすがにオフで教団内を着て歩きはしていなかった。掛けられる毛布もないし部屋にでも運ぼうかとは考えたけれど、部屋には鍵が掛かっているはずだ。暖かいしこのまま寝ていても風邪は引かないだろうけれど。
僕が気にするのは、何より他人の目だ。黒の教団に女性は少ない。それが、どう災いするものかと思うと気分が悪くなる。
仕方ない。気持ちよく寝ているところ申し訳ないけれど、起こそうか。


…」
「誰?」


僕の背後で凛とした声が問うた。ビクリとしてそろそろと後ろを向く。立っていたのは毛布を手にしたリナリーだった。


「……アレンくん?」
「リ、リナリー…いや、その」
「あぁ、?さっきお話していたら眠くなっちゃったらしくって」
「そうなんですか、ふうん…」


疾しい覚えはないけれど、ついしどろもどろになってしまう。リナリーは少し怪訝な顔をしたけれど、何も言わずにに毛布を掛けた。


「リナリーは、毛布を取りに?」
「えぇ。このままでもいいかとは思ったんだけど、ちょっと寒いかなとも思って」


1人にしたくはなかったけれど、とリナリーは続けた。同じようなことを考えたらしい。にっこりと笑っての頭を撫でる様子は姉妹みたいだ。あやされているような妹は穏やかに寝息を立てている。
あやされているなんて、に似合わない表現だけれど。


「それにしてもよく寝ますね」
「そうね…寄生型は発動していなくても消費がすごいでしょ?」
「まぁ、お腹は空きますよ」
「食欲に回らないのも珍しいって兄さんも言ってたけど…」


あぁ、よく眠る。


「そういえば、アレンくん」
「何ですか?」
を部屋に運ぶの、手伝ってくれる?」
「え」
「ここで寝かせ続けるわけにもいかないじゃない?」


それは分かるけれど、部屋の鍵は開いていないのではないのか。疑問に首を捻るがリナリーは何も分かっていないようにをまだ撫でていた。
もう一度首を傾げてみたけれど、リナリーからのリアクションはない。が小さく身じろぎした。
どうもこの疑問は汲み取ってもらえなさそうだ


「あの、リナリー」
「? なあに?」
の部屋、いくらなんでも開いてないでしょう?部屋に行っても…」
「やだ、アレンくん、それはもちろんそうよ」
「え」
「私の部屋に運ぶの。手伝ってくれる?」


くすくすと穏やかに笑いながら私の言い方も悪かったわね、とリナリーは付け加えた。
ああ、なんだ。勘違いした自分が恥ずかしい。仲の良い2人だ、それくらい普通に考えてもよかったはずだ。なんて馬鹿馬鹿しい話だろう。
後ろめたいような気分で苦笑いをもって応える。


「いいですよ」
「ありがとう。…は、いいわね」
「え?」


リナリーはあくまでも優しく微笑んでいた。


「毛布までつけちゃってごめんね、アレンくん」
「大丈夫ですよ。それにしてもは起きないですね」
「そうね。やっぱり疲れていたのかしら」


リナリーに手伝ってもらってをおんぶしたけれど、毛布があっても十分軽かった。すっかり体重を預けられているけれど、これでも鍛えているのだから何の問題もない。
談話室を出るとすっかり冷え切った空気に包まれた。寒さを感じたのか首に回された腕がかすかに動いた。


「ん…」
?」
「…アレン、くん……」


呟きはすぐにすう、と寝息に消えた。普段は見られないの気を許した姿につい頬が緩む。僕よりも年下なんだなあと何となく実感する。
廊下を進むにつれて体は冷えていく。のいる背中は暖かいままだ。リナリーの部屋まではもう少しで着くはずだけど、毛布から晒された手足はきっと寒いだろう。コートを着ていない僕も寒いのに、よく起きないなあとのんびり思う。起きている時とはまるで違う、柔和な普通の女の子。本来は自由闊達だったりして。


「ありがとうアレンくん。後は私がやるわ」
「いえ、どういたしまして」


リナリーは鍵を掛けなかったのかあっさりと自室の扉を開けて、そのままを僕から降ろした。空いた背中にすっと冷気が流れ込む。
リナリーは引っ込んでからすぐにまた戸口へと顔を出した。はベッドに寝かされたのだろう、もちろん顔は出てこない。


「助かったわ。風邪、引かないようにね」
「リナリーこそ、気をつけてください」
「えぇ。じゃあおやすみなさい」
「おやすみなさい、リナリー…にも」


伝えるわね、と微笑んでリナリーは部屋へ入った。廊下にその残響を残して扉は閉まり、あとにはただ静かになるだけだった。


「おやすみ、。」


寝静まる教団の中を移動する僕の足音が少しだけ響いた。


宵闇の暖