その女子、今は女性と呼ぶべき彼女の事を興味深く思ったのは最近じゃない。同じ並盛中にいた人間ではなかったけど、風紀委員の活動中に、とても些細な事で彼女を見知った。なんてことはない、叩き潰した不良に飼われそうになっていただけの女子。整った目鼻立ちはあまりにも冷たくて、他の草食動物とは一線を画すかのように、飼われそうになっていた割にはまるで自分とは無縁のようにそこにいた。ただ、肝心の彼女は叩き潰した時点では安らかに緩やかに、意識はなかったけれど。その時黒いボロボロのセーラーで包まれていた彼女を抱き上げたら軽かったのは今も覚えている。
その時はそこまで彼女の事が気になった訳でもないけれど、哲に「蒼い髪」「黒いセーラー」、たったのそれだけで彼女が誰だかを調べさせた。大怪我というほどの傷はなかったから、並盛病院に運んだ後すぐに返されたらしく哲が弱っていたのも覚えている。1週間するかしないか、彼女は並盛市内在住の山本と分かった。当時野球部のエースだった山本武と親戚で共に過ごし、ちょうど同じ頃見知った沢田綱吉達といるところを見たこともある。つまりとは完全に無縁だった訳じゃなかった。
後から聞いた話ではは山本武を始め、数人に僕の事を訊いたらしい。どんなにはっきり覚えていなくとも「恩人であろう人だから」話だけは聞こうとしていたらしい。
それから、そう、なんとなく、を思いはじめてから今に至るまで、彼女がボンゴレファミリーにいると知ったのは最近の事。
「あ…ヒバリさん」
屋敷内を久々に歩いていたら、後ろの方から声がかかった。
「何」
「い、いえ!なんでもないんですけど……あ、ちゃん、元気にしていますか?」
「当たり前でしょ。あの子が何か倒れるような事なんてさせてないよ」
沢田綱吉はそうですよねー…と後を引く言い方をする。何が言いたいのかハッキリすればいいのに。
「ちゃんがヒバリさんのところに行って、俺達の負担が増えました」
「返せって言っても無駄だよ」
「そそそんな事言ってないですよ!?ちゃんも承諾して行ったんですし…!」
そう、沢田綱吉の部下でいた彼女は今、僕の部下だ。最初から彼女に人事異動を申し付けたのではなく、僕に対面させるという形で人事異動を行わせた。彼からすれば遠回しにさせた訳だ、最終的にその点を理解したはあっさり僕の所に異動してきたけど。異動してきたを哲に任せた翌日、は仕事の山を早速消すほどの高い適応能力で切り込んできた。今彼女は匣研究の為このボンゴレ屋敷にはいない。
「まぁ、ヒバリさんの所にいた方が良いみたいですし」
「みたいじゃなくて、良いんだよ」
沢田綱吉が明らかに否定したい面持ちで僕を一瞥する。
「10代目ぇ!早くしないと、間に合わなくなります!」
「…あっ、いけね…!じゃ、じゃあヒバリさん、失礼しますっ」
「うん」
獄寺隼人に呼ばれて、彼は走り出した。
『…へぇ、彼にそんな事言われたの。私は元気だよ』
ノイズ交じりに、の声が響く。電話の向こうで、は何か書き留めているのか、カリカリという音も聞こえる。
「僕に言わないでくれる。で、少しくらいは進んだの」
『うん、少しくらい?あなたが思っているより進めてやったよ』
「じゃあ解析完了間際だね」
フッと笑うと、向こうから予想通りの返事がくる。
『人の言葉聞いてとっさに無理な事でっち上げないでくれる?意地が悪い人だ』
さっくりとした話し方だが、彼女からすればこれは友好的なものだという事は知っている。気に入らないととても素っ気無いものになるのだと、ほんの少し前に知った。
「早く終わる事を期待しないで待っているよ」
『自分でやればいいじゃない、楽しいんでしょう』
「僕1人では色々とあるから任せてあげているんだよ。ところで、」
『何?』
「今から君の所に行くからお茶の用意をしておいて」
『…仕事増やさないでくれる。沢田くんの方がいい上司だったよ』
電話の向こうにいるのは確かにだと改めて思う。僕の事を誰かと比較して貶めるなんて、しかしない事だ。が僕の部下になる前、彼女に言われた一言をふと思い出す。
「、相変わらず僕が嫌いかい?」
『未来永劫、世界で一番あなたが嫌いだよ。…あ、日本茶切らしてる』
「じゃあ用意しておいてね」
『紅茶を用意しておくから安心してね。じゃあ私はこれで』
ブツンと一方的に電話を切られた。こんな事するのもだけだ。まだ用件を言い終えたつもりはないが、これから会いに行くのだから良しとしよう。彼女の事だ、これから玉露でも用意するに決まっている。
さて、早く会いに行こう。まだ見たことのない、お茶一つ切らす事のない彼女のヘマを見に行かなければ。
楽しげにドアは開かれた。