「君のすることは、いや、しようとしていることはとても誉められるものじゃないな」
「でも、大切な仕事でしょう」
「…誉められたものじゃないな」
「キミがしていることも、誉められたものじゃないな」
「あぁ、そうだね」
「おあいこ？」
「…そういうことに、しておいてあげる」
「それは、どうも」
不毛な会話だ。そんな罵り合うような皮肉な軽いやり取りは、響きも心も軽いが、意味は重い。それくらいは分かっているつもりだが、別に理解の話ではない。そう、不毛な、会話だ。自分達が生きていくために、それだけのための重いこと。
いや、決して重くはないのだ、この、彼との間に横たわるその言葉は。何の重みもない、日常に付随しているだけの薄っぺらな建前。彼にとっては少なくとも建前ですらない。
「ぼーっとしないでくれる、目障りだよ」
「考えに沈んでいたんだよ」
「へぇ？」
恭弥くんの小馬鹿にした、見下すような声。合わせて頭が少し後ろに逸れ、目線が上からになる。身長差の関係上、元々上からではあるが、その顔はまっすぐ見られるのだ。今はまっすぐ見えていない。
「恭弥くんも考えに沈むことならあるじゃないか」
「まぁ、君と違って研究意欲があるからね」
「戦闘狂が、そんな意欲もあるんだね」
「あいにくと単細胞じゃないんだ」
「それはよかったね。単細胞ならきっと1年も生きずに何かしらのウイルスに乗っ取られていただろうから」
ぴく、と恭弥くんの眉が吊り上る。
「じゃあはまだ生きてるから単細胞じゃないのか」
「あぁ、よく分かったね」
「僕は頭が悪くないからね」
「おめでとう」
「どうも」
嗚呼、なんと不毛な会話だろうか。仕事で飛び回る以上、毎日は会わないから確認したことはないが、きっと毎日でも繰り返すのだろう。毎回会う度に繰り返されるのだから。
「そういえば、恭弥くん」
「…何？」
「次の仕事は恭弥くんが一緒だと聞いたけど」
「あぁ、そうだけど。それが何？僕にヘマするなとでも言うつもり？」
「言うつもり。もしくはボクのフォローくらいしてくれるのでしょう」
「が邪魔だったらかみ殺すよ」
恭弥くんがフンと鼻をならす。自分はヘマなどしないからと、それは大層なことだ。実際彼がミスをしただなんて1つも聞かない。恭弥くんの場合は存在からして畏怖されているのであるからして、しないミスを囁かれるわけもない。
「…でも、１つお願いがあるな」
「へぇ、珍しいね。お願いだって？君が？」
「別に、大した事ではないんだ」
もう仕事の説明を受けたのだから、恭弥くんは何が言いたいのかとまでは行かなくとも、うっすら理解は示すだろう。そう、うっすら。彼にとって、今から告げるのは根本的に理解も納得もしない内容だろうから、うっすらという言葉すら意味を成さない。
「ボクの事見ないで殺してね」

無題という名の題をつけよう

が仕事に行く1週間ほど前に僕に言った言葉は、理解できることではあった。別に我儘で言っている訳でも、無理難題を押し付けている訳でもない…少し無理があるけど。
『ボクの事見ないで殺してね』
彼女の事を殺す訳ではないのだからそれは可能だろう。しかしやはり無理がある。何度となく考えてみても、例え嫌でも目に触れる。殺したその先には彼女がいるのだ。そう、きっと一糸纏わぬ、大人の女が。

「…嫌な部屋だ」
くどいまでの調度品に埋められた広い部屋、奥に進めばキングサイズのベッドが堂々たるままに鎮座していた。入り口でタイミングを見計らう、そんな僕には2つの声がずっと響いて聞こえている。多分、今標的のすぐ後ろに行っても咎められないような気がする。咎めてくるのは標的の方ではない事は目に見えている。
その咎めてくるであろうは今、標的の下にいる。足掻いて、もがいて、それでも僕のために（か、ボンゴレのためにか自分のためにか、それは知らないけれど）隙を作らせることに専念はしている。つまり、はどんな男でも自分に執心するよう努力をしたのだ、あまりにも酷な状態で、彼女ですら表情を崩すほどの努力を。
勤勉家といえばそうかもしれないが、さすがにこのような事で努力するとは思っていなかったのだろう。タイミングを掴む間に思い返されるの『ボクの事見ないで殺してね』は、きっとそんな悠長な言葉ではないのではなかろうか。ここから聞こえる声と見える様子からは彼女の無駄な努力まで窺える。男がやきもきしているからだ。
「よし、もういいか？」
「あ、や…ま、待ってお願い、優しく…っ」
本当は、タイミングなんてどうでもよかった。いつでも殺せた。ついでに言えばなんて
「…や…嫌……」
なんで僕の任務に巻き込まれたんだ。



「…ごめん」
「あ…」
「ごめんね、」
「きょ、やくん…？」
「ごめん」
血飛沫の向こうで、優しげに微笑を浮かべる顔があった。目は閉じられているけれど、スッと上がった口角がそれを表している。
「僕がちゃんと沢田綱吉に言えばよかった」
微笑とは裏腹に悔いたような言葉だった。雲雀 恭弥。ボクがここまで男を頑なに拒み続けた理由、仕事よりも優先させた事。それを彼に言われるなら、ボクがとにかく断ればよかったんだと左手を見る。男に乗られたままの身体に準拠していたその腕は薄暗い闇でも分かるほど血で汚れていた。
「、ごめん」
「恭弥くん、約束守ってくれてるね」
「……」
月明かりによって慎ましやかに照らされている恭弥くんの顔は、長い睫毛が伏せられたまま、彼はする事がないかのようにトンファーすらそのままでベッドの縁に立っていた。
「見ないで殺してくれたんだね」
「本当に殺せているかい」
「まさか、恭弥くんは生きてる標的の前で殺すって言っちゃうの？」
「君と違って確実に咬み殺すからね、言えるよ」
「そうだね、仕事を確実にこなすためには言わないでいる方が賢いからね」
「僕は賢くない、つまり馬鹿だとでも言いたいの」
「さてね」
あぁ、いつも通りだ。不毛な会話、意味もなく続ける会話。
「恭弥くん」
「何」
「ごめんね」
ごめんなさいとは、何回言えばいいのだろうか。
「」
「…ごめんなさい」
「ねぇ」
「……？」
閉じられた目はそのままに、恭弥くんは1歩前に出る。トンファーからはゆっくり、血が滴っている。
「ごめんなさい」
「何を謝っているの」
「…それは恭弥くんが」
「僕に謝罪なんかしなくていいよ。代償を求めていいなら」
恭弥くんがトンファーで死体の位置を探り、探し当てた肉塊をキングベッドの下へ薙ぎ払った。身体が一気に軽くなって自由を取り戻す。
「君を頂戴」