今日から僕が


何やってんだ、あの女子。分からない、というより分かりたくもない。この放課後、退屈で、応接室からふと群れてる奴らがいないか見ただけなのに、全くもって違うものを見つけてしまった。
何てことだ。この僕が。なんであんな女子1人に目が行ったんだろう…そうだ、あの女子のいる場所だ。あの女子、掃除と授業と部活以外の奴らが入れないプールにいる。今日は水泳部の活動ないし、掃除はとうに終わっている。だからだ。よし、ちょっと“指導”でもしてあげよう。プールサイドは、熱でかなり熱いだろうね。そんなところに腰かける、女子の考えは分からない。

「君、何してるの」
その女子は両の素足を綺麗な水の張られたプールに力なく垂らしていた。首だけ僕のほうに向け、他の奴らのように怯えた顔もせず、かと言って怒りも笑みも無い、せめて言うなら淡い哀愁の何とも言えない表情のまま口を開いた。
「涼んでるの。」
「こんな熱いプールサイドに座ってかい?」
「そうよ。」
だったら水の中にでも飛び込んでいればいいじゃないか。いや、制服のまま入られたら風紀が乱れるな。それよりなんでわざわざプールの鍵を持ち出してまでこんな所に涼みに来るんだろう。炎天下、影の無いプールはジリジリと音を立てている気がする。
「変な女。」
「そうね、変ね。その変な女の事、どうせ“指導”でもしに来たんじゃないのかしら風紀委員長。」
「ワオ、分かってるね。その前に訊こうか、何故ここにきた」
「そうねぇ、人がいなかったからじゃないかしら。」
「…は?」
「屋上にしようか迷ったのよ」
何してるか訊いて、涼んでるの、なんて言うから涼みに来たとでも答えるかと思ったのに。人がいなかったからで、屋上にしようか迷っただって?
「君何言ってるの?」
「日本語の文章よ。」
「そうじゃない、馬鹿にしてるのか」
「訊いたのは風紀委員長よ」
「…そうだけど」
変な上に減らず口ときたこの女子。なんなんだ、一体。
「あら随分と不機嫌なお顔。もっとしっかり言った方が良かったの?」
「言え」
「そうね、道徳的な考え方が欠けていそうな風紀委員長になら言っても問題なさそうだわ。
教えてあげる、自殺方法を考えていたの」
最初のほうが気に喰わないがそんな事よりなんて言った。自殺方法を考えていた?プールでそれって事はここで溺死でもしようとしてたのか。学校で死人が出ると風紀が乱れる、死ぬならどこか遠くの外で死ねばいいのになんでわざわざ学校で死のうとしてるんだこの女子。そんなに死にたいなら外に連れ出して咬み殺すよ。退屈しのぎには物足りないかな。
「今度は笑ってるわ。風紀委員長も充分変ね」
「黙れ。なんでここで死のうとする?」
「…は、ぁ?誰が、ここで死ぬの?」
「君が自殺方法を考えていたって言ったんじゃないか。馬鹿なの?」
「フッ……風紀委員長も案外馬鹿なようね。」
「なっ」
僕に対して鼻で笑って馬鹿だと言ったの、この女子が初めてだ!
「いつ『ここで私が死ぬ』って言ったのよ」
そう言ったような、もんじゃないか。でもこういうとこの減らず口絶対また何か言ってくる。確かに言ってはいない、けど…。
「じゃあ何で」
「確かに、死のうとしているのは私だわ。でも学校で死にましたなんて馬鹿馬鹿しいじゃない。あくまで“考えていた”だけよ」
「不法侵入してまでかい?」
「…そうね、でも…」

ここで未遂を起こしたら、まだ生きたいって思うかもしれないじゃない

この女子は何がしたいんだ。生きたいのか死にたいのか、どっちなんだ。ただの馬鹿とも思えないし。何がしたいんだ、ほんと。
「あら、もうこんな時間だわ。帰るわね風紀委員、長…?」
「死ぬなよ」
「え?」
「死ぬな、学校以外だってなんだって…死のうとするなよ」
自分でも何言いたいのか分からなくて、でも目の前の女子は僕じゃないからもっと訳が分からなさそうな顔をして。でも口は滑らかに言葉を送り出す。
「少しね、君が気に入ったよ」
そう言ってしまった時にはあぁ、とようやく理解できた。“指導”のことはもう頭から消えていた。ようは、話しているうちに好きになってしまったらしい。キョトンと僕を見る女子はもう水から足を出していて、ポタポタとプールサイドにいくつかの染みを作っていた。
「…あなたやっぱり頭が変なのね。」
「そうみたいだね、変な女を気に入るなんて」
「お互い変なら言いっこなしだわ。私も少しあなたが気に入った、いいわよ生きていてあげる。」
この女子は自分を必要としてくれる人間がいなかったんだろう。そんな、口ぶりだった。
「君、名前は」
よ、風紀委員長・雲雀 恭弥。」



君のレーゾンデートル