「」
訪れたこの部屋は紅茶の香りがした。そういえば、部屋の主は紅茶が好きだといっていた(ような気がする)。
「あぁ、こんにちは。恭くん、何か飲む?」
「…別に」
「そう、紅茶なら入っているわ。レディ・グレイ」
は言いながら立ち上がってティーカップを優雅な仕草で扱う。僕が(勝手に)部屋の中ほどにあるソファに腰を下ろすと、テーブルに紅茶が出される。
「それで、何の用事かな」
「あぁ、これ」
持ってきた鞄から書類を出す。束が1つと、封筒が1つ、それに二つ折りの紙切れが1枚。束はところどころ付箋が顔を出している。表紙にあたる紙にはメモが走り書きされている、『さんに届けてください。今日中。雲雀さんへ、沢田 綱吉』。つまり僕の部下にあたるに仕事を頼もうというわけだ。その沢田綱吉が僕の上司と言わざるを得ないのだから、仕方ないけど。
「僕を使い走らせるなんていい度胸だよ」
「へぇ、ツナキチが。素晴らしく勇気を奮ったようね」
が本気で感心しているかのように、メモを読む。彼女が僕以外の人間(というか沢田綱吉)から仕事を請けるのは珍しくない。彼やその部下よりもの方が処理能力は圧倒的だ。は頼られている。
「つまりツナキチはボクにこれを片付けろ、ですか。折角お休みいただいたのに」
「君ならいつでも勝手に休むじゃない」
「勝手に休める、の間違いでしょう?」
「そうかもね」
「勝手に休んだことないんだから、そうなの」
束の厚さはかなりのものだ。僕なら即刻敬遠する。“上司”から降ってこようが面倒なものは面倒だ。第一優秀な部下がいるし(今回はその部下に直接来たわけだけど)。
「じゃあツナキチからのは受けたわ。この封筒は…」
「それはあの忌々しき南国植物から君への手紙だから読まずに今すぐ破れ燃やせ捨ててしまえ紅茶がまずくなる」
「あ、パインケーキあるよ」
喧嘩を売っているのか。
「嘘よ、シフォンケーキならあるわ。食べる?今思い出した」
確かにの前には食べかけのケーキが置いてある。クリームが添えられたそれは、大方の手作りだろう。肯定として首を縦に振る。が席を立つのを見て、紅茶に手を伸ばす。あ、この紅茶は初めてだ。
程なく、僕の前にもシフォンケーキが置かれる。
「まずくても食べきってね」
「美味しくもないけどまずくもないから、食べてあげるよ」
失礼ね、とが笑う。僕が毎回言うからいい加減意味するところを理解しているらしい(いや、元々理解されていた)。が封筒を自分の処務机に飛ばす。まるでカードか何かのように、スッと(もしくは、彼女お得意のナイフさながらに)。
「じゃあ骸くんからの手紙は後で見るとして」
「今捨てなよ」
「この紙は?」
…流された(捨てろよ)。
折り畳まれた紙を広げたが怪訝な顔で僕を見る。テンプレートが印刷された用紙。
「僕からのプレゼント」
わざとらしくなく、つまり全く自然にが驚いた顔をする。
「どうも…これは、キミがプレゼントしてほしいみたいだけど」
「何が」
「『キミが』」
あぁ、は言葉を綺麗になぞって見せる人間だった。嫌々言い方を変える。
「…何を?」
「ボクを?」
「馬鹿なこと言わないでくれる。いいから書きなよ」
「えー、やだー」
拒否された。それも馬鹿にした声だ。は紅茶を一口含んでから、紙を持って処務机に向かう。その右腕によってペンが走る。
「あぁ、印鑑がないわ。」
「なんで」
「ついうっかり置いてきちゃった。明日でいい?」
「今日書いてよ。君の机にあるんだったら僕が取りに行く」
「…今から?」
が部屋の時計を見る。今が夕暮れ時であることを示していた。
「夕飯を用意しておいてよ、今から行ったらちょうどいい時間だ」
はぁ、とあからさまにが溜め息を吐いた。
「ボクの机の、一番上の引き出しに入っているから。」
「そう」
が僕の前に出した紙を見ながら、シフォンケーキを食べ始めた。
契り