午前。時計の針が指すのは3と12。

「……」

何度名前を呼んでも返事をしない少女に神田はイラつきながらもやはり名前を呼ぶ。
、聞いてんのか?」
「………」
「はぁ…」
の反応はいつにも増して希薄で、神田は未だ斬りかからない自分が不思議になってきていた。何より抜刀、出来ない。
「おい、いつまでそうしてる気だ」
いい加減にしろ、と目の前の机に頬杖をついた神田はその上の散らばった書類の中、たった1冊の古びた本を見つけた。明らかに、他とは異質。自分のものではなかったが、返事を返さないどころか何処を見ているのか、目を開けているのかすら分からないのもの。神田はの方に目だけ動かし、自分を気にしていないことを確認してからその古びた本の表紙を開ける。ページを捲っていく。ただ彼が目にしたのは時が着せた、黄ばんだ紙。文字もイラストも何も、まっさらな紙の束。
「……何だこれ?」
「返せ」
バッ、と神田の両手から離れた本は本来の持ち主の手元。神田の手元を照らしていた人工の灯りはささやかで、の顔まで映さない。
…起きてたなら、返事くらい」
「ユウくん。これには、何か書いてあった?」
「…別に、何も」
「ならいい。ボク、寝てたよ?」
あっけらかんとしたの声に、神田は「そうかよ」と瞼を閉じる。

「おーい、起きろ。」
「…ん」
「起きろ、バ神田」
「んなっ!?」
六幻を握っていた手は左から右に変わり、バ神田と呼んだ張本人、の首に刃先が向けられる。色は、黒。
「…!」
「起きろって、13回言った。朝食はキミが机で寝ちゃったから、ベッドの上にトレーで置いておいた。食べておいて、作ったのリナちゃん。
 蕎麦以外も食べなさいって言ってた。」
「ちょ…待てよ、
「待たない。何か?」
「なんで今も、イノセンスが発動しねぇんだよ」
六幻の刃先を離れていったに向けながら、神田は強く言う。
「昨日から、発動しないのはお前のせいか?」
は目を逸らした。

デンマーク・コペンハーゲン郊外、廃墟が1軒だけ建っている平野。
イノセンスのものと思われる奇怪現象の情報を受け、派遣されたのはエクソシスト2人、神田と。会話の1つも交わさずに着いた場所、その平野で廃墟は教会、その中にあったのは祭壇に佇むアクマ。
「エクソシストダ…」「エクソシスト…イノセンス…」
人間の皮はボロボロで機械が見えていた。壊れた機械のように、エクソシスト、イノセンス、そればかりを繰り返し、しかし攻撃を仕掛けては来ない。
「何だコイツは…抜刀!」神田はとっとと壊す、と六幻に手をかける
「なんでここにアクマが」は静かに神田の六幻に手をかける
神田は「何のつもりだ」とに目で威嚇するも、当人はお構いなしで手を放さない。ただ祭壇のアクマを見つめていた。
「なんでここにアクマがいるの」
抑揚のない声に感情のない目。神田の背筋に悪寒が走る。六幻にかけている手は1つだけ。
「なんでここにアクマがいるの」
廃墟に響くブーツの音。神田には見えなかった少女の顔は笑っていた。
「キミ、上手い変装をしたいなら攻撃してこないとおかしいよ」
「ケケケケケケケケケ!!」
突然響く甲高い、下卑た声色の笑い。神田は六幻を構え直す。しかし
「ケケケケケケケケケケケケケケ……!!」
またも突然に下卑た笑い声は途切れた。
「迂闊、さよなら。」
笑顔の少女の手には、大鎌。アクマの身体に突き刺さっていた。
神田は事情が分からないまま、ただ手の六幻を見た。写ったのは黒い刃。
はそれ以降、何も言わなかった。

神田が探し回り、やっとを見つけたのは教団の聖堂。

「朝食は、ちゃんと食べたの?」
「あぁ、リナリーに礼でも言っとけ」
「キミに、って作ってくれたんだから自分で言いなよ。」
「知るか。、六幻だが…」
「………」
「あっ、おい!」
は駆け出すが、あっけなく神田にその腕を掴まれる。
「逃げんな、お前のせいだな」
「……あの教会はね、とても綺麗で立派な教会だった。
 あの通り小さかったけどね、あの周辺の町では一番綺麗だったかもしれない。
 神父は結構若くて、でも真面目で優しい方だった。シスターは10人もいなかったけど皆優しくて色々教えてくれた。
 でも壊された。あの周辺にいた孤児を引き取って育てていたのだけれど、その孤児の1人が悪事を働いた。それを境に、孤児を追い出す運動が起きて庇おうとした神  父は殴られ蹴られ、それでも必死に孤児を守ろうとした。シスターたちも一生懸命になって神父と共に人々の説得を続けた。でもある日、シスターの1人が逃げ出して、 神父も残っているシスターも絶望に駆られていった。1人でも諦めの姿勢を見せたために孤児のために資金援助をしてきた人々も去っていき、ついにただ1人に縋って いた。その1人が見放さないと分かると神父とシスターはまた孤児を守ろうと説得を再開した。」
「お前にしては長い話だな。」
神田の溜息に目だけ向けると、は再度口を開く。
「説得を続けても人々は聞かなかった。聞かない証拠にシスターを1人殺した。これ以上続けるなら全員殺すと言った。神父はシスターをこれ以上殺さないでくれとつい に折れた。シスターは1人残らず去っていった。孤児は教会を追い出されて、代わりに貴族などの金持ちに一応雇われていった。」
「神父は?」
「自責の念で死んだ。」
あっけらかんと言い放ったの顔には悲しみなど浮かんでいない。神田は漸く腕を放す。はそれを見てさっさと走り出した。
、1つ教えろ。なんでお前は援助を続け、挙句の果てに神父を殺したんだ?」
「…あはははははは!」
立ち止まった少女は小さく肩を揺らす。
「援助か、暇だったんだろうね、神父様に相談されて。最期の相談もされたから、
 掟を破ってまで自殺するよりも他人が殺した方が葛藤がないってね!」
神田を聖堂の真ん中に残し、は走り去っていく。

モ ノ ク ロ ー ム