「…すずし……」
夜、自室の窓を開け放って、自分は窓辺に佇む。窓に近いベッドの端に座って、星や月、見えないときは曇り空を仰ぎ見る。それが、眠りたくないときの過ごし方。
自分の身体は、同じ寄生型であるアレンのように食物を多量に必要としない。その代わりなのか、長く睡眠の時間を取る事が多い。寝ないと気だるくなるけど、静かな夜には起きていたいと思う事が多い。そういう時にはこうして窓を開け放つのだ。
窓から入った涼しく冷たい風が部屋を満たしてゆく。暖かくはない外の空気がそのままに流れ込む。塔の上の方にある部屋で、この邪魔をするものはないのだ。
「……。」
偶に窓辺に立って、景色を見下ろす。暗くて何が何やら分からないが、この部屋から見える森のざわめきや時に駆け抜ける獣の影ならうっすらと分かる。全体に目を向けると一瞬、一点が光った。今日は月が出ている。恐らく何かが月光を返したのだろう。
「光を反射する、何か…」
ひとつ思い当たったものを探しに、窓から飛び降りた。



ヒュウと風を切る音が耳に少し痛い。しかし出来るだけ早く木々の真上に行かせたいこの身はまだ自由落下を選ぶ。もう少し、もう少しだけ…今。
「舞え 黒き翼よ」
高い金属音に似た響きに、バサッと羽の広がる音が闇に溺れる。ボクの武器、ボクのイノセンス。背から伸びる翼で自分の姿勢を調整し、森に目を凝らす。どこかに上から見た光が見えるはずなのだが、少し時間をとっても一向に見当たらない。
「そんなはずは…」
「界蟲 一幻!」
「…っ!」
少し離れたところから、それは襲い来た。
右に左に、身をヒラヒラさせながら界蟲をやり過ごす。その先を見据え、次波が来ないことを確認してから前傾で翼を手放す。少しの賭けと多めの懸け。
彼が、ボクを認識するか
そして
「な ――っ!?」
スカートがバサッと音を立てて、風に煽られながら落ち着く。身体に回された腕と、真っ向から見つめる目と、あたたかくなっていく。
彼は、ユウくんは受け止めてくれた。勢いのままに回って、回りながら確かめて、彼の首に回した腕に力を込めて、腰に回された腕に引き寄せられて、回って回されてそして真っ直ぐに立つ。身長の高いユウくんにつられて踵は浮く。
「………」
「うん」
フッと笑って見せると、ユウくんは溜息混じりに言葉を繋ぐ。
「てめぇ、なんでこんなとこにいやがんだ」
「来たから。」
「…チッ、紛らわしーんだよ」
「そうかな?イノセンスを使ってきたでしょう」
腰にある腕に力が込められた。爪先立ちになって、近くなった顔に頬をすり寄せる。彼の身体は冷え切ってこそはいなかったが、あまりにも冷たかった。何故だかそれが許せなかった。ユウくんの身体が冷えるのは当たり前だ。鬱蒼とした森の中、1人月の光も見ずに刀を振るい、己が精神と身体を練り上げる。そう、この陰鬱にもなるような寒々しい森の中で。
「冷たいね」
「当たり前だろ。お前、部屋からきたのか」
「うん」
こうもあっさりユウくんが理解するとは思わなかった。部屋から来たとは限らないのだし、ユウくんはボクがこの森で時間を、昼夜を問わずに散歩する事を知っているからだ。本来ならば彼もその事を知らないはずだったが、人がいないからと気を抜きすぎたか鍛錬中の彼に遭遇されてしまったのだ。それ以来、寧ろ此方からユウくんの鍛錬中に厭わず遊びに来ることもあった。
「ユウくん」
「んだよ」
「…冷たいね」
「チッ」
ユウくんはボクの腕を解いて、その腕を掴む。そのまま、歩き出された。当然倒れず転ばないために足を動かさざるを得ない。
「何?」
「邪魔されたから戻る。なんか文句あんのかよ」
「あるよ」
文句ではないけれど。
「もう少しだけ、早く帰れバ神田」
「んなっ!?、てめっ」
反射的にだろうけれど、掴まれていた腕が締め上げられる。力が強い故に痛い。地味に痛い。そこを気付かないのもバ神田。いや、挑発をかけたボクが悪いか。
…だめだ、そろそろボクの活動限界。
「寒い眠い早く戻ろう」
「…くそっ、能天気なお姫様なこった。」
「う、わぁ?」
「色気のねー声だな…」
ロマンもへったくれもなく俵担ぎにされる。そんな風にされる覚えは、まぁあるのだけれど実際にされるとそこまで悪い気分はしない。
「大人しくしてねーと落ちるからな」
「うん……」
この身体はもう十二分に体力の限界を迎えた。





                             暗闇に踊る



「あれ、神田。どうしたんですかの事そんな風にして。」
「ちょっと神田!いくらなんでもデリカシーがないわ?」
「ユウ羨ましいさー。俺もの体」
「やかましい!!」