「お前、夜行性かよ」
「昼夜無関係性かな」
「はぁ?なんだよ、それ」

ボクが今作ったから知らないよ、とは振り返った。切れ長の黒い目が、風に靡く黒い髪が月光に煌めく、実に優雅な光景だった。それだけでもここまで来て良かったと思えなくもない。風景は心底嫌そうにしながらの隣へと移動した。

「ったく、こんな真夜中に、何が面白ぇんだよ」

特に何かが面白いという訳でもなかった。は大体、眠り姫と揶揄されるほどの眠り魔なのだ。夜中に起きているのは夜風に当たるのが好きだからであって、夜行性だからとか眠くないからなどでもない。とはいえやはり昼か夜かを問われれば恐らく夜を取る。夜陰に駆ける様はまるで猫だし、猫のような彼女は月が好きなのだ。夜目も利くので特に困ることもない。唯一、何かしらの光が無いと読書できないことだけが夜を嫌うには足らぬ不便だ。

「物好きに言われたくないな」
「はぁ?」
「ユウくんこそ、何が面白いの」

がじぃと見つめると、神田は居心地が悪そうに目を逸らした。

「――知るか、そんなの」

予想の範囲内にきっちり収まった、あるいはずばりそのものの回答には何も返さなかった。先方にとっては彼女が口を開かないことが予想通りの図だろう。

「おい」

かなり空いた間の後に神田はぽつりと呼び掛けた。は変わらず答えない代わりに首を僅かに傾げる。

「いつまでこんな所にいるつもりだ」
「飽きるまで」

即ち退引きならぬ理由が思い浮かぶか外的な要因が働くまでである。投げられた反応は入った青筋で分かる。傍目から見るに、全てがそこに要約されていると言っても過言ではない。の言葉は普通少ない――突つけば必要以上に返すのだけれど――しかし集約しているようには思われないので面倒にも説明が必要になる、故にある意味羨ましいかもしれないと彼女は何となく思ってみた。無意味に思い無表情に止む。

「俺は戻るぜ」
「どこに」
「あ?部屋に決まってんだろ」
「森じゃないんだね」
「……っ」

神田の顔に驚きが広がる。戻ると言うからには直前にいたところへ。神田が直前にいたのは――森。
まぁどうせ鍛練してたに決まってるもんね、取って付けた言葉が空を裂く。

「それで?また鍛練するの」
「…悪いかよ。つーか部屋っつってんだろ」

素っ気ない舌打ちが語尾を飾る。はそんな反論を全く取り合わず団服を敷きただ仰向けに伸びた。やや欠けた月が遥か彼方に浮かんでいる。
呆れたように神田はぼやく。

「付き合ってらんねぇな」
「付き合ってなんて言ってないよ、ただ上に行くと言っただけ」
「俺が勝手についてきたって言いてーのか?」
「違うの」

はわざとらしく驚いて見せる。そうか、勘違いかあ、と欠伸のように言う。神田はただ振り回されるばかりだ。その様子を見てが楽しそうにするだけでも嫌な顔をする神田だが、しかし彼は対策など取れずまた取りもしない。

「月見とは風情のあることだと感動したとかじゃあないのかあ」
「……勝手に想像してろ」

さっぱり切って踵を返す神田を、は止めない。それらしい素振りもない。長く靡いた黒髪を風に遊ばせて、颯爽と去るはずの影はしかし後ろ髪を引かれたように立ち止まってしまった。無反応を訝しんだのである――決して止めて欲しかったからではない。離れていないにも拘らず神田は目を凝らした。
は月を仰いだまま動かないでいる。月光に淡く照らされた顔の青白さは病人のようだ。しかしその肌色よりも病人らしく、何より死人のように見せているのは伏せられた瞳とモノクロの衣服である。そう、死んで見えるのだ。

……?」

やはり返事はない。微動だにしない。神田は踵を返して死体の如き少女を見下ろした。胸が僅かに上下している。
白いシャツと黒いワンピース。は眠っていた。

「話さなくなった途端これかよ……」

少女は、眠り魔なのだ。神田は呆れたようにしゃがんで安らかな顔を軽くはたくが、反応はない。突こうと殴ろうと起きることはなさそうだ、と判じて彼はを抱き上げた。無抵抗の肢体は重力に引かれてだらりと伸びる。俵に抱えると死体を運んでいるように見えることだろう。横抱きにした華奢な身体がそれでも温かみを感じさせない事に神田は笑いもしない。

「起きろよ」

溜め息混じりに首を振り、が横たわっていた団服も拾い上げて月から離れていった。
は名残惜しそうに月光に目を細める。神田は素直に彼女の狸寝入りには気付かないまま塔へと入った。




冷たい夜の夢