「よし、これで全部だな」
「はい…大丈夫です。お付き合いいただいてすみません」
「大した事じゃねぇよ、気にすんな」
頭を下げたに目を向けられないまま笠松は礼に応えた。
Life in Days
珍しく何もない休日、必要品を買いに町へ出た笠松はスポーツ用品店でばったりとに会った。は海常高校男子バスケ部唯一のマネージャーだ。彼女がぶら下げたかごに救急用品やドリンク剤などが整然と入れられていたのを笠松は少し頼もしく思った。部のために買ったものだからと荷物持ちを買って出た笠松には断りを入れようとしたものの、顔を赤くして明後日の方向を向いた笠松を見て可笑しくなってしまい、彼と同道することにしたのだった。
「主将に荷物持たせるなんて、申し訳ないですね」
「女子に持たせっ放しにしたらあいつらに何言われるかわかんねーからな」
ぶっきらぼうな物言いだけれど、にはそれが彼なりに懸命に気を遣った結果だというのが分かるものだからつい顔が綻ぶ。小さく肩を揺らす華奢なマネージャーをちらりと見下ろして、笠松はまた赤面した。
「笠松先輩、よろしければご一緒にお茶しません?」
お疲れでしょう、とは主将に意を問う。ガチガチに固まっている笠松に和らいでもらおうと思った訳ではなく、にしてみればごく自然な誘いである。しかし笠松を余計に緊張させるには十分だった。
「おおおおおう別にいいんじゃないか」
「大丈夫ですか?」
「〜!?」
顔を覗き込んだマネージャーに笠松は思わず身を退こうとした。が。
がくんと音がしそうなほど、運動神経が優れているはずの笠松の体はくずおれた。
「かっ、笠松先輩!」
が手を伸ばしたところでどうにもならなかった。笠松はその場で縺れて尻餅をつき、彼の持っていた物は袋から散った。笠松は醜態を晒したことで呂律も回らないほどの事態に陥る。助け起こそうにも手を払われてしまいそうな気がしたのでは仕方なく散った物を拾い集めた。それでも、その中心で笠松は腰を抜かしたままだ。彼に寄り添って、彼女はそっと手を差し伸べる。
「笠松先輩、行きましょう」
町の真ん中で後輩の、それも女の子に助け起こされたというのはなかなか心に圧し掛かることだろう。その場から離れたい笠松はの手を半ば無意識に引いて早足に喫茶店を目指した。
そっとカップに口をつけてゆっくり傾ける。落ち着いた仕草にはどこか艶やかさがあって、笠松は気が気でない。偽れない事に、と違い手元ではグラスがカタカタと音を立てている。は美味しいですね、とか、どこも痛めませんでしたか、など当たり障りのない事をぽつりぽつりと口にするが反応は芳しくなかった。まるで聞こえていないかのように呻くような声だけが返ってくる。
「…笠松先輩?」
「お、おう」
一頻り視線が彷徨ってからの目とぶつかり慌ててまた彷徨う。はもう、と文句を言うような格好で店に入った時笠松が辛うじて奥へと勧めてくれたソファに深めに座り直す。
「デートみたいですね」
「でで、で、でーとッ!?」
「先輩、真っ赤です」
茶化すように含み笑いをするとは対照的に、笠松は茹蛸のように顔を真っ赤にして耳まで染めている。女子が苦手とはいえ散々なリアクションではある。まだ出会ってから1年と経たない後輩相手にたじたじだ。数ヶ月経ってもまともに視線を合わせられない事は失礼だと思いながら、しかし彼はマネージャーを真っ向から見ることができない。少なくとも2年間男子だけだったバスケ部の中で、少女の存在はあまりに異質だ。小さくてやわらかくて、丸みがあってどこか甘い雰囲気がある。仕事をきっちりとこなす彼女に信頼は置いているが、“女の子”である事に違いないのだ。
はテーブルの向こうに聞こえるか聞こえないかの声量でそっと呟く。
「あなたが慣れてくれるまで、私は待っていますから」
耳を擽る優しい声の意味までは分からず、笠松はを見る。静かに視線を受けるからは目を逸らさなかった。
「、それ、」
融けた氷がグラスをからりと鳴らした。彼ははっとする。
「そういえば、さっきは悪かったな」
「何です?」
「いや、その…迷惑掛けた」
「…あぁ、そんな。」
笠松は年下の彼女の方が大人だな、と内心苦笑した。彼女は卑屈な訳ではないけれど慎み深くおとなしいのだ。だけど年相応に無邪気で可愛らしいところがあって、空気の張り詰めている時には程よく和ませてくれる存在でもある。そういえば、何となくその姿をよく見かけているなと気付きもした。自分はキャプテンをしていて相手はマネージャーなのだから接点は多いがそういう事ではなく、見かけると目で追ってしまう事があるのだ。それから自分はマネージャーではなく に、きっと恋をしているのだろうと笠松は思った。