「大好き」
「俺もっスよ、っち」
「大好きだよ」
「俺もっス。」
目を細めてありがとう、とっちは呟いた。何もない休日だったから、彼女の部屋に遊びに来てぐだぐだと寝転がっている。積極的に何かをしたい気分ではなくて、ただごろごろしていられるのが心地よかった。自分の部屋以外でこんなに何も考えず過ごせるのはここくらいだろうか。
っちはうにうにと俺のほっぺたをつつきながら楽しそうに笑っている。浅はかに笑う姿は天真爛漫を描いた様そのものだ、と赤司っちが言っていた事がある。
「黄瀬くん」
「何スか?」
「お茶淹れてこよっか」
俺が来た時にはいっぱいだったグラスは今しがた空けてしまった。
「じゃあ、お願いするっス」
「うん」
華奢な体は俺の足の間からするりと抜けていった。鼻歌でも歌いながら歩いていそうだ。っちが部屋から出て行ったのを見届けてから何となくケータイを弄りだす。
尽くすタイプなのかよく気付く子で気楽といえば気楽だった。ただ、刺激には欠ける。ドキドキ感だとかそういうのとは違って、おとなしいしファンの子に囲まれていても嫉妬らしい反応も見せない。ただ優しく笑って「お疲れ様」と言ってくれるだけの癒し系の女の子だ。良く言えば手の掛からない子、悪く言えば都合がいい子。
「おまたせ」
戻ってきたその手にはグラスだけじゃなくて、一言も話題になっていないお菓子までトレーで持ってきていた。
ほら。こういうのは気が利くなぁとなる訳で。
「ありがとっス!」
「どういたしまして。よかったら、これつまんでね」
「っちは丁寧っスねー」
「そうかなぁ?」
「すげー気とか遣ってくれるし」
「ううん、黄瀬くんの方がお仕事やファンの子の為に気を遣ってると思うよ。」
「そうスか?」
「うん」
口元を押さえて微笑む姿はとても可愛らしい。人形のような整った顔立ちが絵のようにそこにいる。多分、これは彼女の魅力の1つだ。
っちはトレーを下ろすと猫みたいに俺にすり寄った。
「黄瀬くん」
「ん?」
「大好き」
「俺もっス」
「本当?」
「もちろんスよ」
っちは満足そうに笑ってまた俺の足の間に入り込んだ。こっちを向いてすうと目を開く。澄んだ藤色の瞳が俺をのぞき込んだ。
嘘つき、とそのくちびるが言った
っちの魅力なんて、実は俺にはよく分かっていない。
彼女が普段どんな人間でも、俺は俺だけに見せてくれるこの顔だけで十分。
繕わないこの姿が好きでたまらないのだ。
「っち」
「何?」
「好きっスよ、ずっと。ずっと」
「私もずっと大好きだよ、黄瀬くんのこと」
鈴を転がしたような声が優しく付け足す。耳にじんわり馴染んで、溶けていく言葉。
「浅はかな黄瀬くんのこと、愛してるよ。」
それなら俺は、ずっとこのままでいい。