深夜。街灯や、まだ通りの多い車のライトが街を照らす。
焦点を変えて部屋の中を探ると、さてどうしたものかなと呟きながら部屋をうろついていたらしいの動きが見えなくなっていた。窓に映っている姿を追ってみただけだったので、元から見え難かったのだけれど。
「蔵馬」
「わ、」
ひょこっと、オレの肩口にの顔が現れた。可愛らしいというか、美少女という表現の似合う顔立ちだが、表情がやや欠けている。
「どうかしたの?」
「少し、でかけてくる」
「…今から?どこへ」
「コンビニ。」
ふにゃりとした口調に気が抜ける。今から、コンビニへ。普段そんなことを全くしない彼女からは事情を察し難い。見当はつくが、そんな理由では納得できない。否、納得できる点が違う。オレの憶測はどうでもいいのだけれど、考えてみるうちには自分から説明した。
「なんか行ってみてついでに何か買ってくるね」
寸分違わず予想通りの答えだった。に関しては納得した。出かける理由としては、納得できなかった。
活気とは疎遠な声で「いらっしゃいませー」と投げてこられた。それはそうだろう。真夜中で客もいない頃だ、完全に呆けたような状態だったはずだ。そんな店員を気にもせず、彼女はスイと店内に入った。平素とは違う様子に呑まれてか、は嬉々として商品を見ている。正直に言えば、オレも少し面白いと思っている。
「南野くん、アイスおいしそうよ。ほら」
「へえ。さんがアイスに引っかかるとは」
「あなただって食べるでしょう」
カップアイスや氷菓、ソフトクリーム等代わる代わる見ては手に取りながらは本当に選んでいた。折角来たのでと並んでアイスを選ぶ。思っていたよりもバリエーション豊かで、の顔つきは何故か真剣になっていた。オレも悩む。結局、2人して同じもの――プレーンなバニラアイス――を買って店を出た。
アイスをすっかり口に抛っても、家には戻らなかった。そのままの足で寝静まる町をと散策する。に散策の同行をさせられる形から入ったけれど、嫌に思うどころかなかなか魅力ある提案だった。わざわざ夜中に出歩くことなんてないから、貴重な体験ではある。大体、彼女が戻ろうとしない以上、1人置いて帰る訳にはいかないというのが一番大きいけれどたまには良いだろう。そう思っただけだったけど、
「…南野くん、ううん、蔵馬」
「分かっている。下がっていて」
「え、あ……。」
下級妖怪の湧く事を失念していた。何よりこれが量的に一番面倒だろう。は不安そうな面持ちでいる。とは言ってみたものの不安なんて恐らく街灯に照らされた顔色だけで、今はきっとアイスが溶ける事態にならなかった事しか頭に無いだろう。逆を言えば全く気も漫ろな状態という訳だ。
「可愛い彼女を持つと苦労しますね」
「二股?私なら振ってくれて結構よ?」
「可愛い、は誰でもなく君に掛けたつもりだったんだけど…」
都合よく褒め言葉を拾わないというか変に疑り深いのか、言葉を掛けられるための誰かをは作り出してしまう。勿論分かっていてやっているのだろう。
「そう。新しい彼女を作るなら勿論綺麗な子を捕まえてね」
「あのね…」
妖怪の肉片がピクリと動いた。まだ温かさがあるのだろう。
やはり、ここが落ち着く。自分の家、自分の部屋。
はソファに置かれたクッションに顔を押し付けて動かない。恐らくもう一度彼女を見る頃にはそのまま寝に入っているだろう。先に声を掛けておかないと完全に意識を沈ませてしまうはずだ。
「、寝るならベッドに行って。」
「…ん……」
器用にしている体育座りは既に動かない状態だった。いやいやをするように、駄々をこねるようにクッションに埋めた顔が少し振られただけで反応は芳しくない。
「仕方ないな…君だけだよ、こんなことを俺にさせられるのは」
抱えられて薄くなったクッションごと抱き上げる。軽く浮いたその体はピクリともしなかった。すっかり寝息を立てている。信頼を寄せてくれているのか、気にしていないのか、何とも複雑な気分で寝室に入り、出来るだけそっとベッドに下ろした。しっかりと離さないでいるクッションだけ剥いでタオルケットを掛ける。何となく、数回やっただけでこの独りよがりなやり取りに慣れてしまっていた。
だけど、この安らかな寝顔は相変わらず心惹かれている。慣れるのではないが、ただ、オレも安心できる。蔵馬としてずっとずっと、途方もなく幼い少女、大切な女の子。
「おやすみ、」
明日の目覚めはどうですか。
自分のためにタオルケットを出して、リビングに戻った。
夜の逢瀬