ぐにぐにと頬を引っ張って遊んでいるとだらしない事になったバンダナがついにずるりと下がった。本体よりもバンダナの方がよほど疲れているように見える。このバンダナはジョニーが作ったと聞いたけれど、ジョニーは器用なのだとぼんやり思った。
「おひ、ほろほろはらひへ」
「うん?」
「いひゃいんさー」
何と言っているかは分かる。が、しかしそれを聞くかは別だ。もう少し遊びたい。
「あと15秒頑張って、ラビくん」
「…い…」
それまで半目で本を読んでいたラビくんが目を閉じた。数を数え始めたのだろうか。彼が何を読んでいたのか、今の内に覗き込む。職務か、それとも、趣味か。飛び込んできたのはアルファベットだったけど、英語ではなかった。これは読める、ドイツ語だ。文字を追うに恐怖小説の類だろうか。
「ラビくん、これ読み終わったら貸して」
「ほろはへひ、はらひへほひーさ。ひゅーほひょふひゃっひゃらろ」
「うん、そう…ふ、」
思わず苦笑を漏らす。頬を両方引っ張られてかなり発音し辛い所を頑張っているのだろう。少し、弄りすぎただろうか。
「…ごめ、ふふ、」
思い切り伸ばしたところで手を放すと、ラビくんは「あたっ」と声を上げながら起き上がった。ボクも辛い体勢で引っ張り続けていたのだけれど、彼はボクが重かっただろうか。彼は本を落として(小説はボクとラビくんの体に挟まれて止まった)両手で自分の頬を包んでいた。
「痛いさ!もうちょい加減してほしいさっ」
「だって触り心地がいいから、つい」
「つい、じゃないさー!!」
「うるさい…」
目と鼻の先とまでは言わないけれど、目の前で近いことに変わりはない。そこまで低い声ではないので響きやすいのだ。思わず耳を塞ぐと、垂れ目が垂れ気味に垂れた。しゅんとして叫ぶのをやめてくれた。
「」
「う?……!」
「お返しさ!俺にもやらしてくれたらこれ、貸したげるさー」
オレンジ髪がふいと揺れてへらっと笑い、今さっきまでのボクよろしく両方の頬を引っ張った。もちもちされるのは、それはそれで面白い。ボクが加減しなかったかのような言い方になるが、つまり自分に不利な言い方をすれば、ラビくんの方は加減してくれているのだろう、全く痛くない。しかし言葉は容易に紡ぐ事はできない。
仕方ないので本を拾い上げて(顔を下げられなかったので感覚と手探りで頑張った)最初のページを捲った。ラビくんの顔を台にして勝手に読み始める。
「?その扱いは酷くね?」
「ひろくにゃい。」
「あぁ、はい、さいですか…」
「ん……」
ぺらりぺらりとページを捲るごとに、段々不穏な空気が本から立ち込めるようだった。これは、これでは恐怖小説じゃなくて、猟奇小説だ。主人公は、
きゅうとラビくんの首に縋った。
「え、え…どうしたんさ?何?」
ぽかんとした声の割に彼はしっかりと背中に手を回してくれる。あたたかい。生きてる。当たり前の事に馬鹿馬鹿しくも喜ばしく感じる。どうにも入ってしまうのだ、小説は。
主人公は、翠の眼をした少年で、
「ラビくん…ラビくん、」
「大丈夫さ、俺はここにいるって」
「…」
「生きてるから。」
大きな手が頭を撫でた。やんわりと、静かに窘めるような手付きだ。
久しぶりに泣きそうになった。悲しいのでも苦しいのでもない。生きてる。ここに生きている体温が氷を溶かす。
好きだよ、大好きなんだ。キミの事が好きなんだ。
「いくらでも甘えてくれていいさ?」
にっこりと太陽みたいな、偽者じゃない笑顔を見せてくれるようになった。
「…でもそれは、嫌。」
「きっぱりと!?」
ラビくん、
現の標
いつからこうなってしまっただろうね