「ねぇ、僕と面白い事しましょう」
「面白いかはやってから決まるものじゃないんですか」
「僕が面白いというのだから良いのです」

ヘラヘラとした笑い顔で、骸はに手を差し出す。

「ほら」



黒曜ヘルシーランド内にいた2人は、同施設内別所に移動していた。廃墟である黒曜ヘルシーランドの中でも、特に酷いのではないかと思われるほどの廃れ具合の場所だ。窓は割れ、壁は崩れ、床は抜け、当たり前のように備品が打ち捨てられ、雨風を凌ぐには物足りない状態だった。

「何ですか、ここ…」
「クフフ、見ての通りですよ。」
「…酷い荒れ様ですが…骸様、ここで何を?」
「ちょっと待ってくださいね」

骸は左手で持っていなかったはずの三叉槍を軽く回す。

「…えっ…!?」

周りの様子に息を呑んでいたはその唐突な出来事に全く追いつけず、無防備にもその身体をあっさりと危険にさらした。彼女の身体を、縄がまるで蛇のように巻き付き床に転がしたのだ。腕も脚も、その身体は自由から離れる。は悪寒と早くなる胸の鼓動を感じつつ、その名を呼ぶ。

「む、骸様っ」
「クフフ…、別に殺しなどはしません。言ったでしょう、面白い事をしましょうって」
「ひっ!?」

槍をナイフに持ち替えて、の顔の輪郭を骸がそっと撫でた。甚振るように、慈しむように。楽しげに笑う骸とは反対に、は恐怖に身を震わせる。

「骸…様。」

の輪郭をなぞったナイフが頬に赤いラインを1本引く。つ、と滴るその雫に舌を這わせた骸に、は息を殺すようにしながら抵抗の色を示す。当然のように骸は身を退こうとはしない。どころかの上に跨って、相手の反抗を許すまじとばかりになる。

「綺麗な色ですね。その身体を流れる血も、屈しない瞳も」
「試しておいでなのですか」
「違います。面白い事をすると言ったでしょう」
「骸様、痛いです。」
「クハハハ!は正直に言いますねぇ」

骸は身動きの取れないの腕を掴み、平然とナイフを宛がう。

「この場所なら…」

品定めをするように、ゆったりと

「っあ!」
「おや、少々堪えましたか?」

の左手首にも赤が入る。いわゆるリストカットと同じ場所を狙って、骸の刃は的確なまでに深すぎず浅すぎず、それなりに長い間放っておけば出血多量で死ぬかもしれないような、そんな傷付け方をした。

「…く、あぁ…っ」
「素晴らしいですね、。悲鳴を上げず涙も流さず…苦痛そのもののようですが」
「むく…ろ、さま」

骸の顔には優しげな笑みが広がっていた。災厄を受けるに与える骸の双方向で違わぬ認識として骸は狂気そのものであることに違いはない。しかし傍目から見れば彼は完璧なまでに優しい紳士そのものであり、例えば骸の持つナイフが包帯で、それでの首を締め上げようとも誰もが手当てをしているものだと思い込めるほど、彼は何もしていなかったのだ。しかしそれも強ち間違いではない。が捉える限り、狂気であると共にそれは優しさと一つも相違ないのである。の理解とは及び難いが、愛情表現の一種と形容されてもよいのだ。無論には骸の真意は測りかねるが。

「クフフフ…はいい子ですね。」
「――っ!」

頬と腕から止め処なく流れ出る血もそのままに、の流血点が増える。制服からスラリと伸びた脚に、大腿部に細く長く線が引かれる。このままいけばいつか人の身体に傷で絵でも描き出すのではないかと、は自分でもよく分からない考えに至る。



(…骸様、)



(私は、あなたを)

「僕は」

(確かに好いているのです)

「あなたを信じられなくなる自分が、嫌なんです」


ラグタイム
裏切れないその楽しみを