巡るために堕ちてゆけるわ






いつか六道骸と名乗るビックリ人間さながらの少年に、輪廻について説かれた事がある。内容はまるで覚えていないけれど、確かに話を振られたのだ。今の私ならいざ知らず、当時の私は馬鹿正直にもその講話に長々と付き合った。理解しているかは、別として。

六道骸は風変りというか型破りというか、そんな言葉さえいくつも重ねなければ説明のしようがない存在だった。中学生とは――特に、黒い噂の黒曜生だなんて――思えないほど丁寧で紳士的な、それでいて悍ましい謎の少年である。周囲の誰であれ全くついていくことの敵わない人間で、付き従っていた城島柿本コンビとその他数名が恐ろしく人間離れして感じられるほどだった。この感想は主観半分客観半分であることに留意するべきだと私は思う。とにかくそんな六道骸が何を思って他校生たる私に突っかかったか、輪廻転生がどうのと垂れていった訳である。

堂々巡りの六道骸と初めて会ったのは並中の近くだ。黒曜の制服を着た誰かが並中の校区内を歩いているのは奇異な光景で、うっかりどんな人かと目を向けたらあろうことか視線がばっちり合って微笑まれたのだ。向こうも何故かこっちを見ていた訳で、考えてみれば寒気がするのだが、微笑まれたことでそんな不信感は二の次三の次になってしまったのである。とにかくどこかの読者モデル並みに一笑を付してくれた大人びた少年Rはその次の瞬間我らが風紀委員長に追いかけられて雲散霧消してしまった。この時はまだ走って逃げただけなのだが。

雲とは付けてしまったけれど霧となった六道骸と再会したのは驚くなかれ、翌日の全く同じ時刻である。私の着けていた腕時計が狂っていなければの話だが。奇特なものであったとしか言いようのない再会場面にも幕を下ろしたのは我らが風紀委員長である。仲が良いのかこいつら、と横目で追いながら考えていると耳元で違いますよ、と不満そうな声が囁いたのはこれからも忘れはしない。当然耳元に囁けるほど近くに人は立っていなかった。名前を教えた覚えもなかった。さらなる再会を果たした際、三度目の正直というのか遂に言葉を交わさなくてはならなくなって否定したのは六道骸自身であると知ることとなる。囁き通りの声音で話しかけてきたのだから訊くまでもなくなってしまったが、重ねて向こうから告げてきたので疑いよう がなくなりはいそうですかとだけ答えてやった私は偉い。とにかく六道骸は最初から不思議な存在として一般中学生の前に君臨したのであった。

それからは決まって下校中に現れて与太話をしていき、何ともせずにのらりくらりと姿を消される奇々怪々な日々が続いた。迷惑な話だ。たまに行き会うと瞬時にいなくなる我らが風紀委員長がいなければ本当に毎日付き合わされただろう。とはいえどんな目的でそうしているのかは皆目見当がつかなかったけれど案外話が面白いので飽きもせずに話を聴いていたものだ。そんな奇行をとっていた理由が分かったのは恐らく最近のことである。

来歴というか、つまり六道骸との馴初めと言えばそんなストーカー行為しか思い浮かばない。その気障な少年だった六道骸が今どうしているかというと嫌っているマフィアの手先として働く青年になっている。いい気味だと私は思う。

どうして六道骸の事を語り始めたかと訊かれるなら一応答えは用意してある。先の言葉が若干の嘘を混ぜているからだ。現在形ではなく、過去形を使った表現が正しい。気障な少年だった六道骸は嫌っているマフィアの手先として働いていた青年だった訳だ。それだけの差異なのだが、その差異のせいで私はこんなにも記憶を巡らせたのである。

いつか輪廻の事を語られた。彼は始終笑顔だった。私は、多分



多分、泣いていた。



彼は私を慰めてくれた。だから私はこうして今、彼か自分か、過去に向き合っていられるのである。

過去があるから未来がある。今があるから先が作れる。だから私は今から、



またと優しく呼んでね






あなたがいるから