水飛沫が宙を舞う。水中から上がる肢体が伸びやかに空を仰ぐ。それを見るプールサイドは、日向がジリジリと焼けていた。
人混み嫌いの彼女が、さんが海かプールで泳ぎたいなんて唐突に言い出すから、どうしようかな、なんて少し考えた。人混みへ一緒に行ったって僕には居心地が悪くなる一方だろうし、彼女も機嫌が悪くなる一方だろう。素直に行きたいとは到底感じられない。だからと言って行かないという選択肢は、さんにはない。少し沈黙して、結局はさん自身が解決策を出してきた。
「そうだ、プライベートビーチや、貸し切りプールのある所に行きましょう」
金銭的には負担が大きいけど、確かに間違いのないことだろうと思った。お金の工面に困る事はないのだし。実際、間違いはなかった。だけど1つだけ、やはり問題は起きていた。
さんと二人きりの今も、僕の異常性は、抑えられない。
「さん」
水面に身を預けていた彼女を呼ぶ。
「何?」
あまり大きな声とは言えなかっただろうけど、一拍置いてさんが僕のいるパラソルの下に寄ってくる。何の警戒もない華奢な身体。困惑のない穏やかな顔。殺したくなる、か弱い人間。
呼んだのは自分だけど、呼んでも近付いてほしくない。水着でも持てる唯一の暗器に、いつでも必ずあるたったひとつの暗器に、抜き身のままで歩く僕に。
「………いや、何でもない。」
「そう? あ、宗像くんも入ろうよ、プール!」
「いや、僕は別に」
純粋な眼差しが真っ直ぐに僕を見つめている。さんはよく色々な事をコロコロと、思いを巡らせているらしい。そのさんが無言の内に何を考えているかは分からなかった。
「…。」
彼女に負けましたとばかりに、黙ってプールに足を浸す。日陰とはいえ、プールサイドにいた僕にはとても冷たい水温だ。ゆっくりと身体を浸けると、自分から暑さが抜けていった。
「宗像くん、暑かったでしょう?」
「まあね。でも、大丈夫だよ」
「そう?でもほら、熱中症になったら大変だし!」
「それは水分補給の方が大切じゃないかな」
「…むう。」
さんの方が参りましたと手を挙げた。屈託なく僕と接してくれて、普通に僕の心配をしてくれる人。
今すぐこの水の底に沈めたいくらい、近くにいる。何秒沈めたら死んじゃうの?どれだけ水を含んだら死んじゃうの?
彼女には分からないからと考えることをやめていないのは生きているさんへの甘えなのかもしれない。
こんな僕と、まだいてくれるのかい?
泡沫の恋