おはよう、宗像くん。
「あぁ、おはよう。わざわざ来なくていいって、言ってるのに」
　そんな事言わないで　私の居場所はなかなかないの
「…そんなの、僕も同じだ」

さんの手が止まった。声を失ったのか喋らない少女は携帯している手帳に、言葉を流暢に書き付けていくのだが、言い淀んでいる状態なのかすぐには続きが返ってこない。

　でも　宗像くんはお友達が出来たって聞いたよ

お友達。人吉くんのことだろう。外傷もないのに入っているこの病院に一度だけ見舞いに来てくれた。入院する前に交わった、友人。

「そうだね…そうだよ。」
　羨ましいな　生徒会の庶務の子だっけ
「うん。人吉くんなら、さんのことも友達にしてくれるよ」
　そうなの？
「きっとね」

ふうん、といった調子でさんが頷く。言葉ではなく行動で示すことも、だんだん分かるようになってきた。
出会った頃は、確かに声でやり取りをしていたはずなのに、いつの間にか一方通行になってしまっていた。
元々さんも元気なタイプではないからあまり差を感じはしなかったのだけれど、何か物足りないままに日は過ぎた。

　いいな　宗像くんは
「…友達が出来て、かい？」
　そうかな。だって友達って、よく分からない
「僕も…よくは分からないけれど」
　少しは分かるようになった？
「かもしれないね」

にこ、と控えめにさんが笑った。少し長い間が空いてから、手帳の面を見せられる。

　りんごでも剥こうか？せっかくお友達が持ってきてくれたんでしょう
　ただ、ナイフとかないかな？持ってないと思うけど　持って来るね

ナイフ。目の前の書面が歪んで見えた。落ち着いていた衝動が、立ち上がった少女の後姿を狙うように騒ぎ立てる。無防備な後姿。
追うように僕も立って懐の暗器を探り、柔らかそうな声音で吐く。

「あるよ、さん」

振り返りざま

「ほら…」
「―――！」

首筋に刃を沿わせる。護身用にするには大振りなナイフの刃がさんの白い肌に線を描く、その寸前で止める。彼女の髪が何本かはらりはらりと宙に舞った。

「…。」
「お、っと」

腰を抜かしたのか膝から崩れるさんを傷つけないよう一緒に腰を低くして、倒れないように空いた左腕で彼女の胴を引き寄せた。遅れて、束ねていない長い髪が僕にも降りかかった。
ゆっくりとナイフを首から外す。さんは震えもしなかった、いや、できなかったのかもしれない。

「、さん」
「……」

彼女は、話さない。何も言わない。

「必要なら、使いなよ。」

さんの体勢を徐々に直しながら、ナイフを差し出す。手にしたところで続いて暗器を出したりはしない。目を見開いたまま、さんが素直に僕の手からナイフを取っていく。それを確かめてから解放すると、どこかふらふらとした足取りで先ほどまで座っていた椅子に座り直して、大人しくリンゴの皮を剥き始めた。
もう話せるはずなのに、やはり何の言葉もない。

「……。」

僕も、何も言わない。病室にリンゴが剥かれる音だけが響く。
果物包丁でもないのにさんの手際はよく、リンゴはきれいに身を晒しているだけでなくうさぎにされもしていた。食べるときの配慮か、うさぎは二羽だけであとは一口大に切られていった。
作業を終えたさんが手を拭って、何分かぶりにペンと手帳を取り上げた。

　食べて
「…いただきます」

少し沈黙する間に、口の中にひとつリンゴを抛り込む。

　私と宗像くんは？
　私と人吉くんがお友達になるんじゃなくて、私と宗像くんがお友達になるのはだめなの
　こうしていても、私は宗像くんとお友達になれないの？

見せられた言葉に僕の方が思わず黙った。僕と友達になる？今殺さんとした僕と、友達に。

「…僕は…」
　人吉くんじゃないとだめなの？
「僕で、いいのかい。今君を殺そうとした、僕で」

ふわりと、さんは笑った。





「宗像くんが、いいの」