という自称無能者はとても演技性の性質だった。顔は整っているしその演技性で社交的な振舞いをしているのだから異常の割に一般的な魅力の持ち主だろう。
彼女は誰も彼もに優しいとは言い難いけれど、僕は彼女の優しさを受けている方だろう。むしろ、自惚れているようだけれど特別優しくされているような気がする。だからといってどうしようもない。それによって、彼女の優しさという行為につられてしまった僕はさんを殺すことしか望まなくなっていく。どんどん、どんどんどんどん、さん=殺したい、こんな衝動は強くなっていく。
さんは一生懸命僕と友達になろうとしてくれた。だけど全て拒んだ。そうするしか、なかった。無防備にしか見えない彼女といたら彼女を殺し続ける。僕の異常の性質を考えれば、それだけさんを愛おしく思うという微笑ましい限りの感情を持っているのだが。それ故に遠ざけなくてはならなかった。人吉くんと、友達になるまでは。
何回か人吉くんと遊びに出かけて、僕でも普通に人付き合いは出来るんだと思った。普通の人吉くんだからこそ思える実感、異常の同級生高千穂とでは分からなかった事。つまり、今ならさんと少しは普通にやり取りできる気がする。ただ…異常は異常だ。きっと面と向かえば殺したくなることには変わりない。どうしようか。
ふと携帯電話を見る。電話帳には、望む番号。今の時間なら彼女は起きているはずだ。そうだ、これがある。
祈るように願うように、ダイヤルした先の呼び出し音を聞く。1コール、2コール、3…
『はい…』
出た。
「もしもし。さん?」
『! 宗像くん…』
目の前にいたら、殺したくなってくるけど、電話の向こうなら殺せないよね。そう言って番号とアドレスを交換したけれど、さんはいい顔をしなかった。そんな事言わないでほしいのに、と小さく呟かれたものだ。
「電話していてもいいかい?」
『うん、大丈夫…』
さんの声は大丈夫とは言ってなかった。彼女にしては、低く沈んだ印象を受ける。
『どうしたの…?』
「いや…話して、いたくて。あまり元気ではないようだけど」
『平気だよ、宗像くん』
「そう。実は、お願いがあるんだけど」
自分で言ってから、はっとする。どう続けたものか。何も浮かばない。お願いではあるけれど、さんが聞き届けてくれるかは別問題だ。
『あの…宗像くん?』
「聞いてくれるの?」
『え、うん』
それ自体は聞いてくれるらしい。だけど、どう伝えよう。何と言おう。いきなり電話されてこれでは向こうが困るだろう。考えたところで円滑な会話なんて出来るとは思えないが。
彼女はいつも笑ってくれる。信じてもいいのだろうか、いや、信じきってしまっているのだけれど。さんがいいのなら殺してもいい。だから

いっそ、あいして

「ごめん…さん」
『な、何が…?』
「上手く伝えるのが、こんなにも難しいとは思っていなかったよ」
『違う、人間だからね』
「うん」
なかなか言葉に出来ない。普段饒舌そうに喋るさんまでもが沈黙に従う。確かに用件を持っているのは僕であるから、わざわざ口を開くこともないだろう。否、開けないだろう、僕が話さなくては。
もう少しだけ、考えて。
「うん、あまり難しく言わないことにするよ。聞いてくれるかい?」
『聞くよ。』
僕の用意する答えを聞くにあたり、さんはすぐに言葉を返してくれた。
「あのさ…」
『うん。』
さん、僕と友達にはならなくていい。だけど、恋人になってくれないかな」
シンプルに。ストレートに。これならきっと伝わるよね。