それは、全く考えてもみなかった――クラスメイトとの出会いだった。





｢切ってしまえばいいじゃないか｣
｢…それは嫌、です｣
｢長いのが邪魔だからそんな事になっているんじゃないの？｣


腰まで伸ばしたのは惰性だったけど、あまりに伸ばしたからか切るのは何となく惜しんだ。だけど言われた通り言われるまでもなく邪魔なのだ。ばらばらと広がった髪を体に纏わせたまま、声を掛けてきた闖入者を見上げた。
切れ長の目をした整った顔立ち、青みがかった少し長めの髪はうなじで結われていた。着ているのは――大したことのない程度の――改造制服。不良そうには見えないけど、実はさっきからずっと空気が痛い。もしかするともしかして、彼はここには大抵来ない筈のまだ見ぬ同級生かもしれなかった。


｢切ってあげようか｣
｢いえ、結構です。｣


あぁそう、と語尾を上げて右腕を出された。瞬間寒気がして思わず座っていた椅子を蹴り跳び退いた。


｢……へえ。｣


座っていた場所には、どこから出したか日本刀がすうと伸びていた。私の背格好に当て嵌めるなら、そこは頸椎。正確無比に狙ってくれている。名前も知らない彼はこれでめでたく正体を明かしたのだ、間違いようのない外れた存在、異常の持ち主だと。


｢何ですか｣
｢君は面白いね。だから殺す。｣


生きていたいという反抗は全く浮かんでこない。だからといって殺されたくはない。ただの知らないクラスメイトでもまるで切り結んだその人を殺人犯にするのは気が引けた、それだけ。

――なんて。通じる訳はないのにその言い分を反芻する。実際どうかと訊かれれば、そんな事すら浮かばなかったけど。
ゆらりと動いた影に合わせて身を退き相手との状況を更新する。抜き身の日本刀は綺麗な刀身をしていた。構える――というより携えている――美少年は殺気と何かの中で動いていた。印象としては違和感が占めている。


｢なかなか近付かせてくれないな｣


日本刀はぽいと捨てられた。手ぶらになった訳ではない。凶悪になったのだ。


｢距離があるなら…じゃあこれだ｣
｢拳銃……！？｣


もう切るとかじゃない。本当に、殺す、それだけだ。引きはしない。


｢…逃げないの？｣
｢逃げないの｣
｢へぇ。｣
｢……。｣


人殺し、か。まっすぐ迷いなくこちらに向けられた二挺の銃。対峙したまま目を閉じた。逃げないのではなく、逃げる気がしないだけ。せっかくなら――私も遊ぼう。

その試みはパリパリともザビザビともつかない変な音がした。目を開けると、驚いた顔のその人は黙って成り行きを見ていた。これは、上手く行った。銃は二挺が二挺とも急速に錆び付いていく。


｢君の？｣


かなり端的な質問だった。続くのは、"異常"か。


｢私は三年十三組所属 。あなたは？｣
｢僕は三年十三組、『十三組の十三人』――宗像 形。｣
｢『十三組の十三人』…｣


復唱。それはそれだけ異常な異常の持ち主、ということ。美少年改め宗像くんは錆びた銃もまた捨てた。彼は私の座っていた席の前の椅子を出して示した。


｢座りなよ｣
｢…。｣
｢切りたくないなら、結べばいいじゃないか｣


至極当たり前の事を言われた。よく分からないまま言われた通り座ると、今しがた凶器を捨てたばかりの手が優しく髪に触れる。


｢むなかた、くん｣
｢うん｣


今の今まで殺気を向けていた人、だよね。

ちょっとだけ頭が持っていかれたけれど丁寧なのか痛くはない。


｢出来た。｣


恐る恐る髪に両手をやると、首の後ろでゆるく1つに束ねられていた。ヘアゴムなんか持っていたのかと後ろに立ったままの宗像くんを見上げたら、彼の髪が解かれていた。じゃあ今私が着けているのは？


｢それなら、いいんじゃないかな｣
｢あの、宗像くんは｣
｢？ あぁ。｣


自分の頭に手をやって、宗像くんは別にと言った。まるで関心がないように視線を空に投げて、それから私に戻す。これでは異常というよりも不思議なだけの人である。


｢邪魔じゃあなくなったかい、さん｣
｢ありがとう…｣


口の端を僅かに上げて、彼は微笑した。とても、絵になる美人さんだ。しかしながら残念なことに笑ったのはほんの一瞬だけだった。
宗像くんはふいと背を向けて教室を出て行った。


｢さん、じゃあね｣


実に普通の挨拶とヘアゴムを残して出て行った。
このゴムいつどうやって返そうか？