「宗像くーん」

至極楽しんでいる声が、後ろから僕を呼んだ。自分が先程まで水やりをしていた庭園から目を離し、振り返ってみると艶やかな柄が飛び込んできた。

「…着物?」
「そうだよ」

制服姿ばかりしか見ていないさんが、珍しくもしっかり着付けていた。纏めた髪がふわふわ揺れている。

「へえ、似合っているよ」
「ほんと?ありがとう!あ、ねぇ宗像くん」
「何?」
「宗像くんも着ない?着物」
「僕はいいよ、別に…。」
「でも着物の宗像くん、見てみたい!」

無邪気な顔で。弾んだ声で。さんはまたも珍しく、子供のようにはしゃいでいた。

「着てみてよ宗像くん!」
「いや、さん…あるの?」
「あるよ?」

逃げる気なんてないけれど、これは逃げられないな、と心内で苦笑する。
こんなさんを見るのも、少し面白かった。

「…いいよ」

さんの表情が、何というか晴れ渡る。唐突に左腕を引っ張られ、つい出しそうになった暗器を押し込んだ。
何も知らないかに見える子供は嬉しそうに僕の腕を抱く。むず痒い感覚があったけれど、何かはよく分からなかった。

「あのね、何枚かあるんだ。家は誰も着ないというのに!不思議だよね」
「それで、さんは引っ張り出してきたの?」
「うん。…着てみたかったからね」

へらっとした顔でさんは笑う。その割にはどこかおとなしい感じだった。





「わあ…」

着付けに加え、隠しに隠した暗器を取るのに少し時間が掛かったもののさんは全く気にしない様子で僕の周りを回り回り回る。

「かっこいい…」

とても反応しづらい。

「宗像くん、着物すごく似合うね!」
「…ありがとう」
「ちょっと渋いかなーと思ったんだけど…」

どこか物色するように袂を引っ張ったりしながらさんは笑顔で僕を見る。

「シックだねっ。宗像くんに合うよ」

そう。そんなものだろうか。彼女が嘘を吐いているようには思えないし、大体へらへらと嘘を吐く人でもない。きっと、褒められ慣れていないとでもいうか、僕自身が勝手に抱く違和感が純粋な思いを濁しているだけだろう。
まだ僕を見上げている瞳を見返す。ただじっと、言葉はない。

「…宗像くん?」
「うん…あぁ、ごめん」
「え、あ、ううん。ねぇ、いつか、でいいんだけど」

見つめたままの顔が小首を傾げる。

「何?」
「いつか、着物か浴衣かで一緒に遊びに行こう!」

返事もしていないのに、さんは嬉しそうな顔をする。少し、断ろうかと思ったけれど、この笑みを崩したくはなかった。

「…いいよ、さん。いつか」

そう、いつか

「どこかに行こう」

鮮やかな憧憬