これだけで いかほどまで?





プルル…プルル…
廊下に響く機械音。夜遅く聞こえてくるのには、似つかわしくない。手にしていたハードカバーを無造作に放り投げて、生ぬるい空気の中をゆっくりと歩く。

「はい」

取り上げた受話器が、重い。

『夜分遅くに申し訳ございません。南野さんのお宅でしょうか』
「はい」
『私、と申しますが……………蔵馬、あの』
「あはは、珍しいですね、から電話なんて。何か用ですか」
『あ、いえ…その、先生から連絡をば少々、そちらのお宅の、秀一くんに。お願いされて電話を差し上げたのですが』
「あぁ、オレのクラスメイトのさんからですか。」

何でもないような声で、聞こえる声に応える。体がだるい、のどが渇く。やけに切れ切れの言葉に電話を放り出したい衝動に駆られる。受話器を叩きつければそれで終わる。だけどこの家には今、母さん達が…騒ぎを聞きつけられるには困る人がいる。まさか実行する訳にも行かないが、だからといってこのまま会話をするには不穏な心境だ。
色々と思考が寄り道している間に、はポツポツと連絡事項を述べ終えたようだ。

「…他にはありませんね」
『はい、お時間をいただいてすみません。』

気にしないで、と言おうとしたが声にはならなかった。唇だけがもぐもぐと動く。もう立っていたくない。

『では、失礼いたしました。』
「あぁ」

それしか、言えなかった。
戻した腕を再び上げる気力もない。引きずった足は最後の仕事にベッドへと体を押し上げた。